aphanisis

日々のメモ

そう、そこ、、、そこをもっとつよく、、、

むかし交際していたある女は極度のマゾヒストであった。ボクは女が倒錯者であることをなんとなく知りつつ付き合ってしまった。


恋人の望むことを達成することが恋人の態度だと考えていたボクは、彼女の求めるような人間になっていった。女は自らを奴隷や犬のように扱う主人を欲望していた −−−− このとき、既にボクは驚懼の念を抱いていた。


しかし、それでも相手が望むのなら、とボクは主人の立場につくことを了解した。



性行の際、マゾヒストというのは「そう、そこ、そこがいい、そこをもっと強く(噛んで、叩いて、縛って、etc)、、、」と馬鹿みたいに注文してくる。今やサディストとなったボクは楽しみながら女の望みを叶えるのだが、あるとき気づいたのである。結局のところ、主人とは奴隷に支配された存在であることを。


奴隷は主人に罰なり折檻なりお仕置きなりを求め、主人は不気味な快楽に身を任せてそれを遂行する。奴隷を虐げる主人。この構図は一見して主人がその場の(文字通り)主人であるかのように見えるが、事実は違う。むしろ主人は奴隷の命令に従属する存在なのである。


性交の現場において、女にとってボクはローターでしかなかったのである。また、ボクは自らがローターになることを甘んじていた。この事実に不気味さを覚えたボクは、たちまち性行が怖くなってしまった –––– そしてあの眼差し! –––– 。


同時にボクは気がついていた。女はボクをローターとして扱うか恋人として扱うか葛藤していることに。

恋人を自らのローターにすれば自らの欲望は充足されるが、代償として失われるものがある筈である。それは紛れもなく愛する者としての自らの存在である。恋人をローターに変えてしまえば、必然的に自分はローターを使う惨めな女になってしまう。つまり、(恋人を)愛する女でも、(恋人に)愛される女でもなくなってしまうのである。


まあ、今となれば正常な恋愛関係が「恋人をフェティッシュへと落とし込む」もんだと知ってるからそれほどゲーッとはしないんだが。


とはいえ、なにより恐ろしいのは女はボクを見出したことである。つまり、女はボクを猥褻な現場におけるベストパートナーと考えたのである。それはなぜだろう。深く考えるのはよすが、しかし、自分にはなにか不気味な倒錯性があることは認めておくこととする。おそらくだが、「相手をフェティッシュへと落とし込む」だけの恋愛は悲劇的(というよりもはや諧謔的)なオチを迎える。相手の魅力だけに惹かれているだけの恋愛は破綻すると思う。