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日々のメモ

『日本狂詩曲』の名盤 –––– その2

やあ、更新が遅れてしまった。忘れていたわけではありません。新しい録音を聴く機会ができたためである。

そしてたった今思ったのだが、数ある録音から名盤だと思う数種を選んでそれについて書くのではなく、今まで聴いてきた録音たちを、ひとつひとつレビューしていく方が楽しそうな気がしてきた。なのでそうする。

前記事でも書いたように、この作品の録音はかなりある。従って私が聴けていないものもまだまだあるのだが、それでも書きたいから書く。新しく聴いたら追記していくスタイルにする。

で、今回は『日本狂詩曲』誕生の経緯、編成なんかをさらっと書いて終わりにしたい。そいで次回から録音を紹介していく。       


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そもそも『日本狂詩曲』は指揮者フェビアン・セヴィツキーにファンレターを贈ったところ、「きみは作曲をしないのか。どうせなら自分の作品を寄越してみろ。よければ演奏する」というような返事がきて作曲された。1933年。伊福部19歳のことである。


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完成したのは2年後の1935年だったのだが、ちょうどこのとき作曲家アレクサンドル・チェレプニンがチェレプニン賞という、謂わば新人作曲賞をフランスで開催しており、伊福部が敬愛したラヴェルが審査員の1人だったために応募(残念ながら本審査の際、ラヴェルは体調不良で欠席)。 


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一度東京を経由してパリに贈る規定だったのだが、『日本狂詩曲』の譜面をみた当時の邦人作曲家たちは、西洋理論を無視して土俗性を前面に押し出した作風と大規模な編成に驚愕し、「国辱的」としてパリの本会場へ送らない方がよいのではないかと話し合ったらしい。

結果、『日本狂詩曲』が主席を獲得。華々しいデビューを飾る。セヴィツキー / ボストン・ピープルス交響楽団により翌年の36年にアメリカで初演。この演奏をラジオでシベリウスが聴いて絶賛したらしい。  


編成は以下の通り。  


木管楽器: ピッコロ、フルート2、オーボエ2、コール・アングレ、変ロ管クラリネット2(2番は変ホ管クラリネット持ち替え)、変ロ管バス・クラリネットファゴット2、コントラファゴット 

金管楽器: ホルン4、トランペット2、トロンボーン3、テューバ 

打楽器: ティンパニカスタネット(拍子木)、小太鼓2、タンブラン、ウッドブロック、シンバル、大太鼓、タムタム 

その他: ピアノ、ハープ2、 

弦楽器: 弦楽5部。   


本作は当初ヴァイオリンと36の打楽器のための協奏作品だったのを管弦楽作品へ変更。さらに三楽章だったのをチェレプニン賞の時間規定に合わせ「夜想曲」と「祭」の二楽章になった。尚、カットされた「じょんがら舞曲」の材料が後年『交響譚詩』の第二楽章のなかで使われている。  

伊福部は当時国内で冷遇されていたため、日本初演は作曲からかなり年月を経てからのことであった。なお、年月日には複数の説が存在する。ひとつは1971年の小船幸次郎 / 横浜交響楽団説、つぎに1980年の山田一雄 / 新星日本交響楽団である。本邦初録音も、1962年の山田和男(一雄) / 東京都交響楽団説と1967年の若杉弘 / 読売日本交響楽団説などが存在する。