aphanisis

日々のメモ

今日我々は「独断と偏見」を大切にしなければならない

 

他者様のブログに惹かれる言葉が載っていた。発言主はジジェク

 

私が思うに、最も傲慢な態度とは「ぼくの言ってることは無条件じゃないよ、ただの仮説さ」などという一見多面的な穏健さの姿勢だ。まったくもっともひどい傲慢さだね。誠実かつ己れを批判に晒す唯一の方法は明確に語り君がどの立場にあるのかを「独断的にdogmatically 」主張することだよ。(「ジジェク自身によるジジェク」私訳)

 

んー、ほんとだよ。誠実に批判を甘んじる=他者の声を認める最もたる態度は、「独断的に」自分の立場を主張することだよ。

 

「独断と偏見」が嫌われる理由って「他者の意見を大切にしなくてはいけない」的な態度が働いてるからじゃない?なんか日本では特に疎まれてる気がするんだよなあ。「独断と偏見」を厭う態度は、「他者を傷つけてはいけない」、「他者に優しくしなければならない」、「他者との衝突は悪だ」っちゅー最近ありがちなPCに逆らうからなんじゃないかな。

 

このPC的態度、わたくし自身も持っていたことが一時期あった(高校1年性くらいのとき)。でも、この態度にはとんでもない傲慢さがあるのが理解いただけると思う(前提とされている態度、即ち「私は他者に優しくできる」)」。

問題はまだある。それは「自分の行動」がとれなくなる問題である。他者の言葉に敏感になりすぎて、客観性だとか他者に共感されうる妥当性ばかり大切にしていると、一切の「自分の行動」が取りづらくなる。なにより恐ろしい可能性は、この態度は人を闘争や論争から回避させるかもしれない。レヴィナスの言うとおり、戦争があること自体ひとつの平和なのである。他者と他者の関係が失われたとき、一切の応答は途絶え、私も他者も死ぬ。

 

「独断と偏見」を恐れてはいけない。「独断と偏見」は今日を生きていく上でとるべき態度のひとつである。