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日々のメモ

友人とのトーク : ゴダール、シネフィル、古臭い人間

 

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A : 『複数の映画史』をご覧になったことはありますか?

 

 

B : 総集編と一章だけ観たと思う。

 

 

A : 作品それ自体が、ある一つのジャンルを確立しているようなものなのでしょうか

 

 

B : シネフィルのよく使う運動イメージみたいなのがあるじゃん、全部アクション映画だ的な、でそれはジャズ耳になるとか、アンビエント耳になるみたいに、ある日急に至るんだけど、それの視覚化、かなぁ。運動イメージだけで作りましたみたいなジャンルだよね。でもそれは、ジャズやアンビエントが癒し系BGMに変わったように、まぁ今見るとそんなどぎつくない、普通のVJ。それにそういうシネフィルの感じも古くさいよね、僕は大好きだけど。みたいな。

 

 

A : その急な変化のつき方は、不自然さを感じさせますか?それとも、切子面がはっきりしてるゴテゴテなキュビスム!って感じ?コラージュ、というよりキュビスムみたいなイメージがある

 

 

B : 切り返しだよ。ああ、だから、まぁ、キュビズムもそんな間違ってない。

 

 

A : ゴダール自身の、あるいは映画の新しい地平を切り開いたという見方もありますが、そう思う?

 

 

B : 批評の映画化だから、まぁ、ジャンプカットとかそういうテクニックのブレイクスルーはあると思うけど、そういうものかな、別に映画を終わらせる級の何かではないかな。ジャズやアンビエントサルトルと一緒で、「当時は破壊でした」っていうジャンルだよね。

 

 

A : ああ、なんとなくそんな気はしていたんだ。ゴダールには裏切られた感がよくする。裏切られたといえば、先日横浜で開催されたショートフィルムフェスに行ってきたんです。2日間ね。1日目は良かったんだけど、2日目のダンスを主題にして作られたいくつかの映画は残念でした。映画のアイデンティティである「フィクションとしての映画」が、ダンスでなくドラマに固執した映画だったんです。ほとんどがダンス主体じゃなくて、ドラマ主体でダンスがメディウムという構造。1本だけダンスが主体の映画があったんですが、MV感が出てました

僕の嘆きを聞いてほしかったんだ

 

 

B : そうね。わかるわかる。そういう古き良きシネフィル的言説自体絶えて久しいよね。何もかも秀逸化しちゃってね。言葉のリンク性が希薄だよね。ツイッターは何度も同じ場所に戻ってこれないからね。だから、そういう古き良きうっせぇー嘆きが聞けてよかったよ。

 

 

A : 古典的なんですね。ぼくは。誇らしさと苦しさがある。あなただって古典的なんだと思う

 

 

B : そうだよ。

 

 

A : 本当にそう思ってる?僕の実存の鏡になってない?

 

 

B : 単に仲間だよ。よその現状を「トホホ」って腐して、ここにいる相手にも首を傾げることを強制することで同族意識を高めるのが僕のコミュニケーションだよ。

てか今古臭いことを言えなきゃ未来へ向かえない。そういう認識だよ。

 

A : ああ、始まりに戻らないと、プラトングリーンバーグ、糞便、子宮。

 

 

B : こないだバーで接客してた女性がバタイユ好きだったよ、若いのに。なんか、そういう感じなのかもね。

 

 

A : ボクはラカンです。ラカンの妻はバタイユの前妻