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日々のメモ

友人とのトーク 3 : 音楽におけるフェミ、大学の言説、父の言説から新しい言説へ

 

 

 

B : 例えば僕がどちらかといえば右翼なのは、古き良きネトウヨが往々にしてそうであるように、小林よしのりの「ゴーマニズム宣言」を中学の頃ずっと読んでたからで、であれ漫画なわけじゃん。それ自体が80年代のニューアカ的エリート主義への反撃だったわけで、そういう何か噛ませるものがないと、駄目なんだよ。でも今回は写真も封じられちゃってるのが痛い。

むしろそういうニューアカ的エリート主義に対する嫌悪がまだ生き残っていたのかってことの方が衝撃。まだ椎名林檎を消費し続けるのかってことにも通じてる。

 

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A : 椎名林檎ね。音楽とフェミは?って思ったけど、いまやPVも音楽の一部みたいになってるね。それを鑑みてみればK POPとかかなりフェミ的なものあるね

 

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B : そうなんだよね。で、K-POPは「なる」ことに躊躇がないから指示されるわけで、それと韓国人にとっての戦争との距離感みたいなものを考え出すときりがないけど、ようはそういうことで、日本人は「なる」ことができないんだよね。だからMe Tooみたいな大きな何かに丸投げできるシステムがあることは僕は全然ありだと思うんだよね、たとえ痛みを同一化していようと。右翼女子では救えない。それはやっぱりアイロニーに過ぎないから。

だからそういう右翼的フェミニズムポストモダンを考えるってことですね。でもそれらは今ばらばら。

 

 

A : ぼくは大文字の真理(あるいは虚構)に悪いコンプレックスを持たれることが嫌なんだ。でもこれって大学組織だけの問題でもないわけじゃん。学生側の問題でもある。大学の言説において真理は常に知に隠されていることを学生だって知っているはずなのに

エディプス王は「自分がああなること」をどことなく知りつつ運命を受け入れたんじゃないかってラカンは読み解いてるけど、どうなのかな。日本がどうなるかわからないけれど、なんかそうなったとき「こうなりたかったんだろうな」ってボクは思っちゃうかも

あなたとの違いとしては、僕は解決策をまだ知らないところ

あ、保身のために言うけれど、性暴力には反対だよ。あと何でもありの性行為にもね。愛は倒錯的だし、愛の定理に反するかもしれないけど、いまはモラル必要だと信じてる

 

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B : ああ、だから弱者の話を親身になって聞いてみるっていうのが90年代だから、ようは女性の愚痴を聞きながら、そこに父の何かを見出したりしちゃ駄目だってことで、だからむしろ苦しむのは女性たちで、苦しみの末想像だにしていなかった何かが生まれるかもしれない。それを無責任に待つ。そして新たな聞き方を創造し、それに伴走する。

 

 

A : すみません。言い方が悪かった。僕もあなたが言う90年代的態度は否定の立場なんだ。高2のときの恋人と別れるまではその態度だったんだけど、良くないなって思ったんだ。「優しさ」は被害者の力を弱めると思うし、現代の悪しきPCの根源でもある。従って、僕が言うモラルはそういう「優しさ」じゃないんだ。暖かさもあるけど、痛みも苦しみもある。誰かが負けて傷つくのが政治だし、モラルはそうあるべきだと思う。モラルは人を傷つけるし、モラルは暴力を伴う。これはだから、あなたが最初の方に述べたコミュニケーションの取り方に似てる。まさにジジェク的な暴力。だから、僕とあなたは全く背中を向けあってるわけではないと思う

 

 

B : ずっとそうだよ

 

 

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